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『宇宙の戦士』のエイプ問題

新訳の『宇宙の戦士』で、旧訳の「モンキー野郎ども」がなぜ「エイプども」になったのか、疑問に思われる方も多いようです。

ハインラインの原文は“Come on, you apes! You waana live forever?”。これを新訳版では「どうした、エイプども! そんなに命が惜しいのか?」としています。

まあ、ひっかかりますよね。

まず大前提として、人間=ヒューマン、類人猿=エイプ、猿=モンキーということがあります。ランク的にもこの順番です。

本文中で、ズィム軍曹が「おまえたちエイプは――いや、エイプではないな。そんな立派なものじゃない。おまえたちは胸くそ悪い猿そのものだ」と言っていることもあり、できれば猿を意味する言葉は避けたい。それで、「モンキー」とか「エテ公」は却下になりました。

類人猿方面で「チンパン」とか「ゴリ」なんていうのも考えましたが、ますます珍妙な訳文になりそうです。

この引用文については、なぜ第一次大戦当時の軍曹がapesなんて言葉を使うんだろうと疑問に思ったんですが、調べてみたら、本来の原文はapesではなくsons of bitchesでした。かなり汚い言葉なので青少年むけにはふさわしくないと作者が判断したのか、機動歩兵のゴリラっぽい姿にひっかけたのかはわかりません。

海兵隊のある軍曹が、部隊がドイツ軍の攻撃で釘付けになっているときに、ひとり立ちあがって兵士たちに叫んだ言葉とされています。愛する部下たちを、きつい言葉で叱咤激励したわけです。けっして罵倒しているわけではありません。

そういうことなら、ふつうに「どうした、野郎ども」とか「どうした、貴様ら」みたいな訳文にすれば、日本語としてもしっくりきます。

しかし、ハインラインがあえてapesに変えたのかどうかはわかりませんが、本文中で頻繁に使われる言葉である以上、ここでも訳語は合わせておかなければなりません。

どうやってもひっかかるなら、中途半端な置き換えはやめて、原文そのままでいこうという結論になったわけです(なにかのコミックで「エイプ」が罵倒の言葉として使われているのを見たことも、決断のひとつの材料になりました。もう、エイプが通じないと思うこと自体が古い感覚なのかなと。そういえば、新しい〈猿の惑星〉シリーズでもエイプがふつうに使われていました)。

なお、旧訳の「人間一度は死ぬもんだ」はすばらしい名訳なので、そのまま残そうかとも思ったのですが、エイプと言っておきながらすぐ人間に格上げするのもなんなので、最終的にこういう訳文になりました。

まえにも書きましたが、こうした訳語の選択についても、絶対の正解というものはないので、悩みは尽きません。

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『宇宙の戦士』について

『宇宙の戦士』がアメリカで出版されたのは1959年。日本版が出版されたのは1967年。いまから半世紀近くまえのことでした。

本国でも日本でも、この作品の刊行後は、作者の右寄り(に見える)主張に関して議論が起きました。旧訳の矢野徹さんのあとがきにも、そのあたりの事情がくわしく書かれています。

しかし、同時期にあの『異星の客』が書かれていたことを考えれば、ハインライン自身がこの作品で単純に右とか左とかの主張を繰り広げているとは思えません。

もちろん戦争を賛美することが目的ではないし、軍国主義を賛美することが目的でもない。将軍からコックから従軍牧師まで、あらゆる要員が最前線で戦闘に加わることを当然とみなし、それが実現できなかった歴史上のすべての軍隊を失敗作と断じていることから考えて、軍隊を賛美しているという意見も的外れでしょう。

逆に、このような極端な設定を利用することで、戦争の悲惨さや軍隊の非人道性を伝えているという主張も、少し考えすぎのように思われます。

「過激な」作品という一般的なイメージとは裏腹に、作者のバランス感覚がよく伝わってくる作品でもあります。

機動歩兵は人類を守るという使命をおびて戦っていますが、同時に、自分たちが「大量殺戮者(slaugheter)」であるという自覚ももっています。

主人公が実は**人種であるという点を考えれば、人種差別的な意図がなかったのも明白でしょう(時代背景的に、共産主義に対する危機感は強かったように思えますが)。

ベトナム戦争以降の戦争を知っている者にとって、ここで描かれる戦闘はお気楽すぎてファンタジイに近く、あらゆる描写が軽い。そもそも、まともな戦闘シーンと言えるのが第一章くらいしかありません。軍隊経験のあるハインラインなら、その気になれば、よりリアルな戦闘を描くこともできたでしょう。とすれば、作者の意図は別にあったはず。

『宇宙の戦士』は、もともとジュブナイル(いまで言うヤングアダルト)小説として書かれました。雑誌F&SFに掲載された中篇版では、作者の説教(に見える)部分がごっそり抜け落ちていて、純粋にジョニーという兵士の成長物語に焦点が絞られています。

裕福な実業家の御曹司で、およそ頭脳明晰とはいえず、社会や人生についてまともに考えたこともなく、漫然と日々を過ごしていたジョニー。地球連邦軍に入隊することになったのも、好きな女の子のまえでいいかっこをしたかったから。

中篇版では、そんなふうに流されるだけだった若者が、軍隊で厳しい訓練を受けるうちに人として成長し、ついには自分の意志で士官候補生学校への入学を決めるところで、ほぼ物語は終わっています。比べてみると、長篇版のほうは、その成長物語に作者のさまざまな主張が加わっていることで、少しテーマがぼけてしまった印象があります。

本書の最大の目的は、若者にむかって、社会に対して果たすべき責任と義務について語りかけることだったのではないでしょうか。そのための舞台として、ハインラインにとっては、新兵訓練の場を使うのが最適だったのではないかと思われます。

もちろん、作品の解釈は人それぞれで、これが正解というのはありません。いずれにせよ、本書が、読者の心にいろいろな考えを呼び起こす強い力をもっているのはたしかでしょう。

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『神の水』パオロ・バチガルピ

中原尚哉さんからのいただきもの。

バチガルピが今年出したばかりの最新長篇が早くも登場。
テーマは“水”。

なお、新☆ハヤカワ・SF・シリーズは、このままなし崩しに続いていく模様。

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『鷲の巣』アンナ・カヴァン

小野田和子さんからのいただきもの。

アンナ・カヴァン、1957年刊行の長篇。本邦初訳。

文遊社さんのおかげで、この作家の全貌が徐々に明らかになっていきますね。

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『宇宙の戦士』新訳版

明日22日に、ハインラインのヒューゴー賞受賞作『宇宙の戦士』の新訳版が刊行になります。内容については、いまさら説明の必要もないでしょうが、新版のカバーはちょっとすごいことになっています。

・加藤直之さんによる新しい(美しい)表紙イラスト。

・帯の推薦コメントは、なんと安彦良和さん(編集者に聞いたときには、思わず声をあげてしまいました)。

・この作品には思い入れがあるという久留一郎さんによる、気合いの入ったデザイン。パワードスーツ三面図(山口裕大さん)はもちろんのこと、カバーの見返しには歴代の表紙イラストも再録。

・さらに、巻末には加藤直之さんによる「パワードスーツ誕生秘話」を収録。

まさにコレクターズアイテムといえましょう。

Troopers_2

おまけに翻訳もついています。

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『汝、コンピューターの夢』ジョン・ヴァーリイ

大野万紀さんからは、ジョン・ヴァーリイの〈八世界〉シリーズ短編集の第一弾をいただきました。〈八世界〉の全短編がこうしてまとまるのは、世界的にも初めてのことだとか。

収録作品は発表順で、すべて新訳または改訳だそうです。
これは買っておかないと。

「ピクニック・オン・ニアサイド」(1974)
「逆行の夏」(1975)
「ブラックホール通過」(1975)
「鉢の底」(1975)
「カンザスの幽霊」(1976)
「汝、コンピューターの夢」(1976)
「歌えや踊れ」(1976)

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『ねじまき男と機械の心』マーク・ホダー

東京創元社さんからは、『バネ足ジャックと時空の罠』に続く〈大英帝国蒸気奇譚〉の第二弾が届いています。

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『ロック&キー』ジョー・ヒル

白石朗さんからのいただきものです。

ファンからも見逃されていそうですが、ジョー・ヒル原作のダーク・ファンタジー・コミック。

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宇宙への序曲

中村融さんからのいただきもの。
クラークの第一長篇『宇宙への序曲』、ハヤカワ文庫補完計画の一冊です。

中村さんからはもう一冊、立ち消えになったと思われていた〈ナイトランド叢書〉から、ロバート・E・ハワードの怪奇短編集、『失われた者たちの谷』もいただいています。

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