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あの日あの時あの場所で

(2002/1/31執筆)

 もう十年以上も、SFやミステリの翻訳だけで生活するという、一歩まちがえば地獄行きのバクチを続けているわけだが、どんなことにもはじまりはある。わたしにとって、すべてがはじまったきっかけは、ソムトウ・スチャリトクルという不思議な名前のSF作家の、一冊の長編を読んだことだった。

 まだ大学生だったわたしは、学内にSF研がなかったこともあり、ひとりこつこつと本を読んだりリストを作ったり趣味の翻訳をしたりする、おとなしいSFファンにすぎなかった。そんなわたしが、たしかSFマガジンに載ったぱらんてぃあの広告を見て、珍しく購読申し込みの手紙を書こうと思ったのは、やはり海外SFの情報に餓えていたためだろう。LOCUSは購読方法がよくわからなかったし、いまのように手軽にインターネットが使える時代ではなかったので、情報源としてはSFマガジンくらいしかなかったのだ。

 このときの手紙に、SFの原書を読んだ冊数を書き(あのころは『雪の女王』だの『ヴァレンタイン卿の城』だのをひょいひょい読む暇があった)、追記かなにかで、いま読んでいるのはソムトウ・スチャリトクルの『Light on the Sound(光は音にのって)』だと書いたのが運の尽き。その後すぐに、編集人の山岸さんから、渋谷で開かれたぱらんてぃあの初例会(?)に誘われることになった。山岸さんもたまたま同じ本を読んでいて、ぱらんてぃあにレビューを載せたいと考えていたらしい。わたしがSFファンダムに接したのは、じつはこのときがはじめて。なにかを踏みはずした瞬間である。

 その例会で、山岸さんや発行人の小林さんと話をしていたときは、さほどやばい場所に来てしまったという印象はなかった。だが、緊張が解けたわたしは、よせばいいのに二次会まで付き合い、のちのちまで心に傷を残す体験をしてしまう。薄暗い居酒屋の片隅に勢揃いしたのは、英保未来さんという、ペンネームとしか思えない名前の人や、牧眞司さんという、漫才師としか思えない名前の人をはじめとする、ファンダム界の強烈に濃厚な面々だったのだ。

 あの悪夢のような空間で語られた会話については、断片的な記憶しか残ってない。なにしろ、内容がほとんど理解不能だった。海外SFのことなら、おれもちょっとは知ってるぜ、というつもりでいたのだが、ああいう場でおもに語られるのは、ファンダム裏事情なのだ。例会ではSFの話をするものと思っていたわたしは、激しいカルチャーショックを受けたのである。

 異星人たちの会話に疲れ果て、意識がもうろうとしていたわたしは、いちばんの常識人(に見えた)山岸さんから、『Light on the Sound』のレビューを書いてくれと頼まれ、深く考えもせずに引き受けてしまう。後日、ぱらんてぃあの1983年3月号に掲載されたこのレビューは、山岸さんの全面改稿によりほとんど原形をとどめていなかったが(じつはストーリーをまともに把握していなかった)、とりあえず、わたしのファンダムへのデビューになった。

 その後、編集を手伝ったり金曜会に出入りしたりSF大会に参加したりと、おきまりの転落コースをたどり、ついには、ぱらのいあ別冊がきっかけになってSFマガジンへのデビューへとつながっていくわけだが、それはまたべつの話。

 いずれにせよ、あの日あの時あの場所で読んでいた原書が『Light on the Sound』でなかったら、SFファンダムとかかわりを持つことも、こうして翻訳を生業とすることも永遠になかったかもしれない。そういう意味で、この『Light on the Sound』は、わたしの人生を変えた作品といっても過言ではないのである。

(注)小林さん=小川隆さん、英保未来さん=大森望さん

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